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1730年6月21日(享保15年) - 1801年11月5日(享和元年)。江戸時代の国学者・文献学者・医師。既に解読不能に陥っていた『古事記』の解読に成功し、『古事記伝』を著した。紀州徳川家に「玉くしげ別本」の中で寛刑主義をすすめた。22歳になったとき、医学の修行のため京都へ遊学した。京では医学を堀元厚・武川幸順に、儒学を朱子学者の堀景山に師事し、寄宿して漢学や国学などを学んだ。この頃から日本固有の古典学に身を入れるようになり、荻生徂徠や契沖に影響を受け、国学の道に入ることを志す。その京都での生活に感化され、王朝文化への憧れを強めていく。松坂に帰った宣長は医師を開業し、そのかたわら『源氏物語』の講義や『日本書紀』の研究に励んだ。27歳の時、『先代旧事本紀』と『古事記』を書店で購入し、賀茂真淵の書に出会って国学の研究に入ることになる。
(詳細 出典:Wikipedia)
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