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昭和40年代前半(1960年代後半)にデビューした音楽制作集団で、フォークルという略称でも呼ばれる。1965年、当時大学生の加藤和彦の雑誌「MEN'S
CLUB」での呼びかけに応じ、北山修が加藤を訪ねる。その後、平沼義男、浪人生の井村幹生、芦田雅喜が加わって5人で結成されたが、受験勉強のため井村と芦田が脱退、3人組となる。その後芦田が復帰、再び4人組で活動するが、芦田が2度目の脱退をし、またも三人組になり、関西アンダーグラウンドシーンで活動していた。1967年の解散を記念して、製作費23万円で自主制作盤のアルバム『ハレンチ』を制作。300枚しか制作できなかったこのアルバムの中に、自作の「帰って来たヨッパライ」と、アマチュア時代から歌い続けてきた「イムジン河」が含まれていた。帰って来たヨッパライ』は1968年に開始されたオリコンで史上初のミリオンヒットになるなど、当時の日本のバンドによるシングル売り上げ一位となる爆発的売れ行きを見せ、一躍メンバーは時の人になった。
(詳細 出典:Wikipedia)
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